経済再生と持続的発展に向けたイノベーション創出の方程式

 発明協会 参与・知的財産研究センター センター長 扇谷 高男
 発明協会 知的財産研究センター 知的財産総合支援グループ 調査研究チーム  野村 一城

(以下、日刊工業新聞2011年4月18日(月)第2部全国版7面より転載)

 日本における長期戦略指針「イノベーション25」(2007年6月)や、米国における「米国イノベーション戦略」(09年9月、11年2月改訂)など、近年、各国においてイノベーション強化策が打ち出されている。日本ではオープンイノベーションの促進とイノベーション環境の整備が進められ、中小企業やベンチャー企業・大学・研究機関などとの連携促進や、携わる人材の育成についてさまざまな施策が進められてきた。さらに、近年高まっているブランドやデザインの重要性を考えると、これらも含めた更なる連携促進と人材育成が望まれてくる。そこでキーとなるのが、専門家の活用による中小企業やベンチャー企業・大学・研究機関などにおける専門能力の補完と、次代を担う若者たちに対する人材育成環境の充実である。

取り巻く環境とキーポイント

専門家の活用と人材育成

 イノベーションと知財は切り離せない関係だが、中小企業やベンチャー企業・大学・研究機関などにおいては知財専門の部署がない、知財専属の人員がいないなどは珍しいことではない。より多くのあらゆる企業などが「オープン」な関係を築く可能性を持つ上で、知財の専門能力を高めることは当然に求められてくるものである。そこで、これらの企業などに対して知財の専門能力を補完していくこと、つまり外部専門家の活用を進めていくことが重要であり、こうした企業などへのサポートが求められてくる。
 また、イノベーションの創出主体は人であることから、イノベーション環境の整備において人材育成が重要であることはいうまでもないが、持続的発展を目指すにあたっては、次代を担う若者たちの育成環境の充実を図ることが最も重要である。特に、ブランドやデザインを含めたイノベーションの新しい価値を考慮した場合、単なる創造力の向上だけではなく、これらも含めた多角的・総合的な創造力の向上が重要であり、こうした人材育成活動への継続的な取り組みが求められてくる。

求められる取り組み

発明協会での取り組み事例

 発明協会は知財に関するさまざまな事業を実施している。
 例えば、知財専門家の活用に関しては、全国の中小企業やベンチャー企業・大学・研究機関などに対して、同協会の長年にわたる知財の専門的能力・経験・ネットワークを社会に対して幅広く提供していく「知的財産ワンストップサービス事業」を行っており、知財の有効活用に必要なツールの提供を草の根的に展開している。具体的には、知的財産コンサルティングや特許マップ作成、カスタマイズ研修

3人1チームで競い合う様子 特許庁長官賞受賞チーム「インフィニティー」 全国大会参加者は東京工業大学見学ツアーに参加

全国少年少女チャレンジ創造コンテスト 第1回全国大会(上=3人1チームで競い合う様子、中=特許庁長官賞受賞チーム「インフィニティー」、下=全国大会参加者は東京工業大学見学ツアーに参加)

など、同協会の強みを生かしたサービスを提供するものだが、特に、簡易型の先行技術調査は企業、大学、研究機関から個人まで幅広く利用されており、まさに草の根的展開といえる。
 さらには、この専門的能力を担う頭脳集団の一部は定年退職後にそれまで第一線で培ってきた専門能力を生かす形で活躍しており、各ユーザーへの専門的能力の提供のみならず、こうした知財への貢献の場の提供や技術の伝承といった効果ももたらしている点は特筆すべきところである。
 また、人材育成に関して同協会は、74年より主に小・中学生を対象とした「少年少女発明クラブ」を展開しており、11年3月末時点で全国各地に204の少年少女発明クラブを設置している。同クラブでの取り組みは、発明やデザイン、ブランドの創出といったゴールを見据えながら、各クラブにて組み立てた年間のカリキュラムに沿って進められる。各人のレベルに応じて、基本的な道具の使い方から始まり各種体験も織り交ぜながら、最終的には自ら課題を見つけて自らのアイデアを形にして解決を図るという形が大まかな流れである。
 そのほか、同協会は知財制度を模擬体験する活動や地元における課題の解決を図る活動、チーム別に同じ課題に取り組み競い合う「全国少年少女チャレンジ創造コンテスト」といった新しい活動も行っている。
 このような取り組みは創作体験による創造性の開発育成という範疇にとどまらず、モノづくりマインドや知財マインドの醸成といった成熟した知財社会に欠かせない要素をも養うという、経済再生と持続的発展に向けたイノベーション創出のための人材育成環境整備という観点で、非常に参考となる取り組み事例である。
 なお、同協会の専門能力の提供に関してはhttp://www.jiii.or.jp/onestop/、子どもたちの創造性開発育成に関してはhttp://kids.jiii.or.jp/を参照。

企業の知財に対する責任

 近年、企業などのウェブサイトでは、CSR報告書や社会・環境報告書といった、CSRに関する情報が多く見られるようになった。日本経済団体連合会企業行動委員会の「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果」(09年9月)によると、企業においては、CSR活動を推進するための体制・制度の導入が05年前後をピークに進み、持続可能な社会づくりへの貢献、企業価値創造の一方策、ステークホルダーの期待の反映といった捉え方を中心にCSR活動への取り組みが広まっている。さらに約90%の企業は、こうした取り組みに関する情報を何らかの形で開示しているとのことである。
 各企業におけるCSR活動を「知財」という角度から見た場合、多くはコンプライアンスに関する部分や、従業員との関わりに関する部分に見ることができる。しかし発明協会知的財産研究センターの「知的財産に関する企業市民活動の調査研究報告書」(10年5月)によると、社会との関わりにおける「知財」への取り組みは、特許などの制度利用上位企業を対象とした調査でも、取り組んでいる企業は約3割程度にとそまる。
 多くの企業が知財の制度を利用し、例えば特許権という独占排他的な権利を得てその活用により利益を得ているということを考えると、企業の知財に対する責任は小さくない。先に取り上げた事例に代表されるような、中小ベンチャー企業・大学・研究機関などに対する専門的能力の提供や子どもたちに対する創造性開発育成活動の提供を、企業市民活動として実施またはサポートしていくことは、企業の責任を果たしていく一つの方法である。

おわりに

 このように、経済再生と持続的発展を遂げるためには、「今日のイノベーションのための専門家の活用」と、「明日のイノベーションのための子どもたちの育成」に対して、あらゆる具体的な取り組みを進めていく。イノベーションの時代へ対応するためのこうした取り組みに、政府、企業、社会からの多くのサポートが期待される。

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